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ムーワァとデーヴァの私生活

〆のうどんによる、WEB漫画、モンハン日記など、好きなことを雑記していくブログ。

みんなが幸せになれる道を考えてみたりした話

みなさん、
おはこんばんちは。

自称web漫画家の〆野烏罎です。


最近大ヒットしたアニメ映画「君の名は。」ですが、ネット上では、批判とかで炎上してましたね。

rocketnews24.com


そのことについて、また色んな人が江川さんを批判したりして、どんどん事態は悪化しているようです。昨日も夜のテレビ番組に江川達也さんが出演していて、その話について議論していました。


原因は何なのか?
なぜこんな喧嘩に発展するのか?
どうすれば喧嘩に発展しないのか?


そういうのを一つ一つ考えていこうと思います。

芸術作品に対する考え方の違い

僕の意見としては、「芸術に対する感じ方は人それぞれでよい」と思います。「好き」という人がいてもいいし、「嫌い」という人がいてもいい。芸術に「優劣」なんてないんです。


「この作品はどうみてもダメだ!」「この作品は誰が見てもいい作品だ!」「あの作品よりこの作品のほうが優れている!」というのは、一般の人が分かりやすいように専門家の好みでランク付けしているだけです。


映画や漫画は「商業」としての側面があるので、何かの指標でランク付けされるのは、ある意味しょうがないのですが、本質的には優劣はありません。


でも、みんな当たり前のように「この作品はよかった」「これはダメだった」と言いますよね?「好き/嫌い」で言うべきところを、「いい/悪い」で言ってしまうことは、話を複雑にする原因になりえます。


「カワイイかっこいい」「似てる似てない」も似たような話で、人によって感じ方はそれぞれ違うのに、「絶対かっこいい!」「絶対似てる!」と言い張ります。


どうして喧嘩になるのか

喧嘩になっていく心の動きみたいなものを僕なりに分析してみました。


誰しも、自分が「好き」だと思うものを「嫌い」と言われたら怒ってしまうことはあります。「嫌い」という言葉にはネガティブな側面がありますから、「嫌い」なんて言われて嬉しい人はいませんよね。


なので、「嫌い」なんて言っちゃいけない!と、「嫌い」派の人の考え方を変えようとします。でも、人間の考え方ってそう簡単には変わりません。「嫌い」派の人だって自分の考え方を変えたくないから、何とかして「好き」派の人を説得しようとします。同じように嫌いだと言ってる人の意見をネットで検索したりします。そして、「嫌い」という気持ちがどんどん膨れ上がっていきます。


でも、「嫌い」派の人も「嫌い」という感情がネガティブだと思っているので、「自分が嫌いなのは僕の心が汚いからなのか?」と思うこともあります。罪悪感もあるのかもしれません。そこで、自己防衛本能で、「この作品が悪いから俺が嫌いになったんだ」と正当化しようとします。人間なので誰でも自分は悪くないと思いたいですよね。


そしていつしか、その作品が「好き」だという言う人に対して、「センスがない」「君は勉強不足だよ、過去のこういう作品を知らないのかい?」など理由をつけて、その作品がどんなによくないかという証拠を固めていきます。もうそうなると、個人の「嫌い」ではなく「この作品はよくない!」と優劣をつけるようになります。酷いときは、「好き」派の人までも下に見るようになります。「こんなものを好きだというやつはアホだ」とか個人の性格を誹謗中傷するようになります。


そしたらもう、逆もまた然りです。「好き」派のほうも理論武装していき、「嫌いと思うのは感受性がないのでは?」「性格がひねくれてるんだよ」「これを好きにならない人はバカだよ」とだんだん個人の性格を誹謗中傷するようになります。


これは、一つの例ですが、だいたいこんな感じで、喧嘩が長引いて収拾がつかなくなります。

「好き嫌い」って何で差が出るの?

「好き嫌い」の差は、育った環境、周囲の人、これまでの経験が大きく影響してくると思います。遺伝もあるのかな?その辺はわかりません。


環境が似ていれば、好みも似てくる。それでも親と子供の好みがズレてくるのは、友人とかの影響も入ってくるからだと思います。


また、思い出補正という言葉があるように、初めて経験したものについては、「好き」が強くなる傾向があるように感じます。よく、FF7がよかった!と同世代の友人は言いますが、僕はFF8のほうを先にやったので、8のほうが好きです(笑) あ、でも10が一番好きです。端に「補正」があるだけで、後発が勝つこともあるでしょう。


経験による影響は、他にも考えられます。最近は、趣味や行動が年齢によって変わっていかない人が増えています。


ひと昔前までは、子供のうちは仮面ライダーウルトラマンが好きだったり、テレビゲームやアニメが好きですが、大人になったら音楽とかゴルフとか車とかが好きになっていくのが当然な感じでした。


でも、最近は大人でも仮面ライダーが好きな人は見るし、僕も30過ぎましたが、未だにテレビゲームとかずっとやってます。そうすると、やはり「飽きてくる」ということは多少あります。


また、ユーザーとして成熟しきっているというか、何十年も関わっていると、ある意味セミプロな感じになります。だんだん細かいところにも口を出すようになり、「最近のゲームは面白くない」「最近の音楽はよくない」とか言っちゃいます。もう老害です。ごめんなさい。


なので、「好き嫌い」っていうのは「複雑」なんです。全く同じ人なんて存在しないんです。

じゃあ、人気ランキングはなんなのさ

それでも、人気に「偏り」が出るのは、「優劣」があるからじゃないかと思うかもしれませんが、それは「流行り」があるからだと思います。テレビや学校などで話題になるものは目に触れる人も多くなるし、社会で生きていくために多少なりとも「共感性」が働くことがあるでしょうから、流行っているものは好きになりやすい。


僕の世代でドラゴンボールが嫌いな人ってそんなにいないんじゃないかなと思います。ジャンプで言うと「幽白」もみんな好きでしょう。僕は、ボンボン読者だったのでガンダムが好きですが、学校ではコロコロ&ミニ四駆が流行っていたので、肩身が狭かったので、いちおうミニ四駆も手を出しました。結果、どっちも好きになりました。


なので作品を売る側は、少しでも売り上げをあげるために、たくさん宣伝します。たくさん宣伝するほど好きな人が増えるからです。これは、「商業」としての側面なので、お金がお金を呼ぶという感じです。人気ランキングは、「好きだと思う人が多い順番」なのであり、「優劣の順番」ではないということです。


ネットサイトなどのランキングは、また少し意味合いが変わってくるかもしれないですね。単純にクリックした数でランキングを出す場合は、クリックされやすい見出しや表紙であればランキングが高くなるでしょう。実際はサイト側もアルゴリズムやサイト構成を考えて、「好きだと思う人が多い順番」になるように、試行錯誤しているはずです。


ここにも「優劣」はないでしょう。むしろ、「優劣」の指標でやるなら、いずれはコンピュータが自動でランキングをつけることも可能でしょう。「線の綺麗さ」「デッサンの正確さ」「情報量」「シナリオの新規性」「更新頻度」など、頑張れば自動化できそうな項目はいくらでもありますね!


画像処理アルゴリズムなどの開発でも、評価指標を作って、数値である程度評価しますが、最後は人が見て「主観」で評価したりします。でも最後は好みなので、商品にする場合は、ユーザーが設定で切り替えられるようにしたりします。

ここで少し脱線

「売れているものが良いものなら、 世界一のラーメンはカップラーメンだよ。」という甲本ヒロトさんの名言がありますね。実際、ラーメン屋のラーメンはうまいですが、カップラーメンもうまいですよね。僕はカップラーメンもラーメン屋のラーメンも好きです。


若い頃は「久留米の豚骨ラーメン以外はラーメンじゃねえ!麺はバリかた!」とかそういうことも言ったかもしれませんが、今はもう言ってません。むしろ今はコッテリが辛いので、魚介系ラーメンのほうが好きだし、硬さは普通を注文します(笑)


ラーメンにも優劣はありません。好みがあるだけです。

喧嘩しないために

お互いが幸せになれる道を考えるには、まず「お互いの考え方を認める」ことが先決です。一旦相手の考え方を受け入れたら、今度は自分の考え方を伝えます。その時は、間違いを正そうとかせず、その人がなぜそういう考えになったのかとか、色々聞いてみるといいでしょう。


だれでも自分の考え方が正しいと思っていますから、それと違う意見を聞くと反論したくなります。そこをグッとこらえる…いや、むしろ「へぇ、こんな考え方があるんだ!人間って面白!」くらいの気持ちで聴いたらいいんです。


ここで重要なのは、お互いに「相手の考え方を受け入れる余裕がある」ことですね!現代はストレス社会なので、みんな心に余裕がありませんよね。それも喧嘩になる原因だと思います。


また、誰でも他人のことはわかりませんから、その人が強いストレスを抱えているかどうかなんてわかりません。むしろ、相手より自分のほうがストレスフルだと、勝手に思い込んでたりもします。みんながみんなそんな感じなので、そりゃ喧嘩が長引くのは当然っちゃ当然ですね(笑)


今回の「君の名は。」の例では、

  • 「嫌い」派の「嫌い」な理由を説明する
  • 「好き」派は、そういう考え方もあるんだなぁと認める
  • 「好き」派は、「好き」な理由を説明する
  • 「嫌い」派は、そういう考え方もあるんだなぁと認める
  • 相手の考え方でもう一回「君の名は。」を見てみる

みたいな感じでしょうか。


もし相手の気持ちを理解できなくても、そういう考え方もあるんだと勉強になるし、もしかしたら反対の派に変わるかもしれません!


ここで念を押したいのは、「嫌い」という意見を持つことはダメでもなんでもないということ。どうしても「嫌い」を受け入れられないなら「普通」でもいいんじゃないかと思います。


喧嘩中は、作者としてもネガティブな側面ばかりをピックアップされて、心理的にも負担があると思います。ネガティブな意見なんて無視すればいいのですが、気になる人はどうしたって気になりますから。こういう意見に対策するにしても、それだけでは次の作品をよりよくすることにつながりません。デバッグにはなりますが。


なので、「好き」派がちゃんと好きな理由を説明することで、作者としてもそういう風に思ってくれている人がいるとわかり、嬉しいし、次の作品をよりよくすることにつながります。


そうすると、関係者全てが幸せになっていくのではないでしょうか。


おわり

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